ドンドンドン…
「はいはーい」
上着を羽織り、ドアを開ける。
「よぉ」
「ヒューズ!?」
「誕生日おめでとう、。まだ、ぎりぎり間に合うよな」
壁の時計を見れば、時計の針はまだ0時5分前を示している。
「うん、もちろん間に合ってるよ」
「そりゃ良かった…遅くなって悪い。もう休んでたか?」
「ううん、ちょっとのんびりしてただけ…」
「いやぁ、最近急に忙しくてな」
「ホント、忙しそうだよね」
「わかるか?」
ソファーに腰を下ろした彼の前に入れたてのコーヒーを置く。
「だって髪…珍しく乱れてるよ」
「おっと、こりゃレディに見せる姿じゃなかったな」
「あははは、今更な台詞」
クスクス笑いながら隣に腰を下ろす。
毎年、毎年…必ず誕生日には顔を見せてくれる。
それは結婚前も後も変わらない。
誰よりも、大切な人…
手ぐしで髪を撫でつけてから、コーヒーに手を伸ばす姿をしみじみ見つめる。
…うわ、本当に忙しいんだ
髭、いつも以上に伸びてるし…
目の下に、クマもある
そんな彼を見たら、自然と声が漏れた。
「…忙しかったのなら、無理しなくてもよかったのに」
「ん?なーに言ってんだ。忙しいからって、毎年祝ってるの誕生日を忘れるような男だと思うか?」
「思わない。あげられるなら皆勤賞とかあげたいくらいだよ」
「だははははは、そうだろう」
楽しそうに笑っていたけれど、不意に申し訳なさそうな視線がこちらを向いた。
「だが、悪い。今年はプレゼントを買う時間がなくてな。皆勤賞は断念だ」
「なに言ってるの、もうくれたじゃん」
「…」
あ、珍しく驚いた顔してる。
これもある意味誕生日プレゼントかもしれない…
そんなことを思いながら、ヒューズの口元へ指を向ける。
「家に来た時、言ってくれたでしょう。お誕生日おめでとう…って」
「…」
「今年もありがとう、素敵なプレゼント」
「ははっ…たく、お前さんにゃかなわんな」
やれやれって顔をしつつ、プレゼントの言葉で何か思い出したのか、懐から封筒を取り出した。
可愛らしいピンクの封筒。
表を見れば、見ただけで一生懸命さが伝わる字で、あたしの名前が書かれてる。
「グレイシアとエリシアからだ」
「え!?」
「お前へのカードだから、俺は見るな…だとさ」
「あはははは」
「エリシアちゃんまで"パーパは見ちゃだぁめぇ〜"って言ってなぁ。くぅ〜…もう、秘密を持つお年頃なのかぁ…」
「あたし相手だからいいじゃない」
「男だったら、殺す…」
「…大人気ない」
「エリシアちゃんは俺の宝だーっ!!」
銃を取り出し、安全装置を外そうとした彼を慌てて止める。
「ちょ、ヒューズ!深夜っ、深夜だから!!」
「誰にも渡すもんかーーっ!」
「わかってるから、ちょっ、落ち着いて!!」
それから数分間…
興奮したヒューズを宥めるのに時間がかかったのは言うまでもない。
「あー…悪い、迷惑をかけた」
「いいの…慣れてる」
「ま、あれだ。お前さんへ愛のこもった手紙だ。読んでやってくれ」
「じゃああとでゆっくり読むね」
「あぁそうしてくれ」
そう言うと、飲みかけのコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。
「ごちそうさん。相変わらずのコーヒーは美味いな」
「こんなのでよければいつでもどうぞ」
「飲み慣れると他で飲めなくなっちまうから、こうして時々飲むのがいいんだ」
「じゃ、また時間が出来たら来てよ。いつでもいいからさ」
「あぁ…じゃあ」
「うん、またね」
次にいつ会えるのか、それはわからない
でも、また来年の誕生日には会えるよね
そんなことを思って見送っていた背中が、急にくるりと向きを変え戻って来た。
「どうしたの?忘れ物?」
「あぁ」
別に部屋に置いた上着もないよね…とか考えていたあたしの頬に、柔らかなものがふれた。
「ヒュー…」
「…エリシアから、そしてこれが」
肩に手を置かれ、さっきとは逆側の頬に…もう一度柔らかなものがふれる。
「グレイシアからだ」
頬から温もりが離れて行くまでの時間がやけに長く、そしてゆっくり感じる。
離れていく彼へ視線を向ければ、珍しく照れた様子で頬を掻いていた。
「二人とも、お前さんが好きらしい。誕生日に会えないのなら、せめて気持ちを伝えてくれと頼まれた」
「そ、そ、そう…」
二人からだと言うのはわかっていても、今、頬にキスをしたのは目の前のヒューズなので、顔がどうしても赤くなってしまう。
「おいおい、そんなに照れるな。俺まで照れくさくてたまらなくなるだろう」
「…む、無理言わないで」
「まぁここまでしたら、もう怖いもんはないか。ついでにこれも受け取ってくれ」
「え?」
驚く間もなく、大きくな手があたしの前髪をかきあげ…頬に落としたものと、同じものを…額にくれた。
「ヒュー…ズ…」
「…これは、俺からだ。これからも俺と家族をよろしく頼む」
「………う、うん」
互いにどうも気恥ずかしい感じになり、どちらともなく声をあげて笑う。
「はははは…さぁ〜てっと、そろそろ行くか」
「う、うん…気をつけて」
「なんか照れくさいことしちまったな。ロイのヤツには内緒にしてくれ」
「ロイは元気?」
「…まぁやっこさんも色々考えて動いてるみたいで忙しそうだが、もうすぐセントラルに出てくるさ」
「そしたらまた三人で飲みたいね」
「アイツの奢りでな」
「もちろん」
何故か、この時は他愛ない話をしていたかった…
「お前、本当にアイツの嫁さんにならないか?」
「あたしにも好みがあります」
「ならアイツも理解出来るだろうし、俺も安心なんだがな」
「毎年誕生日にロイを売り込まないでくれる?」
いつものお約束の会話
そしてその後…彼が結婚してからは、この台詞が入る
「俺がアイツを任せられるような女はお前しかいない」
「はいはい、お褒めの言葉ありがとう」
「やれやれ、今年もだめだったか。ロイのヤツが嫁さん貰うのはいつの日か…」
「あの女癖を直せば、もう少し可能性あがると思うけど」
「…そりゃ難題だ。さて、遅くまで悪かったな。またな」
これもいつものように、ぐしゃっ…と髪を撫でるようにしてあたしの頭を撫でてから、背を向けて歩きだす。
でもこの時、初めてあたしは…彼の軍服に手を伸ばして、引き留めてしまった。
「おっと」
「…あ、ご、ごめん」
すぐに手を離したけれど、ヒューズはちょっと不思議そうな顔をしている。
「どうした」
「ううん、なんでもない…ただ…なんか」
――― 行かせたく、ない
「ごめんね。忙しいのに」
手を横に振って大丈夫だとアピールするけど、彼にそんなごまかしは通用しない。
ただ、なにも言わず、あたしの頭に手を伸ばすと、そのまま広い胸に抱き寄せられた。
「ヒューズ…」
「またすぐ来るさ。今の件が落ち着けば、ロイもこっちに来て俺も楽が出来る。そうしたら、飲みに行こう」
「……」
「…だから、待ってろって」
「…うん」
そっと目を閉じて、ヒューズの鼓動に耳を傾ける。
力強くて温かい…家庭想いの、優しい人
そして、長い時間を生きたあたしが、唯一…愛した、人
「ごめん、もう大丈夫」
そっと胸に手をついて顔をあげる。
「ロイと3人で飲める日を楽しみにしてる」
「あぁ、来年のお前の誕生日までにはロイをこっちへ連れて来るさ」
「じゃあ来年は2人に祝って貰えるのを楽しみに待ってるよ」
「あぁ、楽しみにしてな」
そういって、彼はいつものように微笑み。
いつものように背を向け…階段を下りて行った。